最後の更新日が二年前なので今更?としか言いようのない話ですが、その二年前(正確には一年半前程度)から、小説が書けなくなりました。
 書けなくなった理由は漠然と答えがでています。
 人によって小説を書く理由は様々あると思います。もちろん誰にでも”面白い話をおもいついた!”っていう創作意欲があるんだと思いますが、その付属と言うべきか、或いは根底にあるというべきか、根源なのか……言葉選びはさておいて。
 金のためだとか、人に感動を伝えたいだとか、子供に読み聞かせたいだとか。

 僕の場合は恥ずかしながら自己確立が根底にありました。

 元々僕は人間関係が希薄です。苦手というよりは面倒臭い。仲良くなれないこともないけど飽きてしまう。なにごとも熱しやすく冷めやすい僕ですが、人間関係も同じように熱しやすく冷めやすい。出会いの数だけ別れがあった、という言葉がしっくり来てしまうほどに。
 そんな僕ですが自分は大好きで、自分が大好きだから人に認められたいという意識は人一倍強かったように思います。まあメンヘラ系統だよなって自分でも思います(笑)
 だからといってそういった自己確立の心は誰にでもあるのでしょう。そして自分というものは周囲からの評価なくしては成立しないと僕は思っています。
 仕事に打ち込む人だって評価なくしては心が折れるでしょうし、人は鏡合わせと言いますから、他人と関わることで自分を確立している人だっているでしょう。全ては対人ありきで、僕も例外には漏れません。
 中には自分の世界に没頭することで自己確立を見出せる人もいるかと思われますが、僕はそれを天才の一種と考えています。変人と呼んでも差し支えない。

 僕にとっての自己確立とは、どうやら小説を書くことでした。
 小説ないし、物語ないし、なにかを書いて人に読んでもらうことで――そしてできれば頬が緩むような感想をいただくことで、自分は自分なんだ、ここにいるんだという認識をしていたのでしょう。
 だから人間関係を冷めた目で見るようになってから約十年、僕はなにかしらをしてきました。小説もその一部だったように思えます。
 純粋に小説を書くことは好きなんですけどね。

 この話の流れで解るかもしれませんが、僕は自己確立の証明を小説でする必要がなくなりました。
 思い返してみればそのころから、僕の頭に文字は浮かばなくなりました。
 今までは(今回の記事も)頭に浮かんだ文字をただただ連ねていただけです。たまに言葉を変えたり、どんな光景だろうと映像を頭の中で流したりしながら書き連ねていただけです。
 頭に文字が浮かぶというのは比喩ではなく事実でした。一度二日で十万文字書いたことがありますが、その二日間、僕は頭の中の文字を吐き出すという作業に没頭していただけです。
 だからといって面白いかどうかは別。むしろ即興のシナリオはどこかで破綻すらしていたりもしますし、それが面白ければそれこそ僕は天才だったのでしょうけれど、凡人です。凡人が文字の海に溺れていただけです。
 今はもう土の上に立っています。
 笑えることに、唯一の人を見つけて、その人と恋愛関係にあります。

 本当に笑えるのは、大切な人を見つけてより自分の人間性が浮き彫りになってしまって、まるで子供のまま成長していない自分や、予想以上にクズっぷりを発揮する自分に辟易としていることなんでしょうけれど。

 僕のどうでもいい恋愛話はさておき、そういった理由で書けなくなってしまいました。
 今回記事を書こうと思い立ったことに理由は特にありませんが、もしかしたら気になったのかもしれません。

 他の人達はどういった理由でお話しを書いたりしてるんだろう、と。


 僕の拙い文章の作品を面白いと、続きが気になると感想をくれた全ての方に謝罪を。
 そして感謝を。
 個人的には小説が書きたい。でも文字はもう頭に浮かんでこない。
 いつかまた文字が頭に浮かぶ日を、僕は心待ちにしています。