"純愛くんと天邪鬼さん”
閑話

第一話

第二話

第三話

第四話



■□■□■

ストーカー「僕の登校時間が八時十分。いつも通り女さんの家で待ち伏せして、朝の爽やかな日差しを受けた女さんを観察して、女さんに近づける半径五メートルの距離を保って女さんと登校した」

ストーカー「つまり僕の下駄箱にチョコを入れた人はそれまでに登校した人に限られる。この八時十分というのは早いわけでも遅いわけでもない、普通の登校時間だ」

ストーカー「メッセージカードには『貴方の大切な人より、愛を込めて』と書いてあるけど、書体に覚えはない」

ストーカー「……だからどうした」

ストーカー「凄いですよ、名探偵は。簡単に事件を解決しちゃうんだから。僕にはとてもじゃないけど真似できませんね」

ストーカー「とりあえず、唯一知っていそうで声をかけられる教師という存在に聞き込みをしてみましょう」

ストーカー「どの道生徒と話せないのだし」


教師「お? 不審な生徒? なんだそりゃ」

ストーカー「下駄箱付近で見かけませんでしたか?」

教師「んん……おお、そういえば一時間前に中学生がいたな。近くの中学の生徒だ。なんだ、もしかしてお前宛だったのか?」

ストーカー「みたいですね。名無しですけど」

教師「隅に置けないなあ、がっはっは」

ストーカー「どんな中学生でした?」

教師「ちらっと見ただけだったが可愛らしい子だったぞ」

ストーカー「先生、警察に連絡しましょうか?」

教師「冗談にならないからよせ! 十年後が楽しみだということだ!」

ストーカー「そういうことにしておきましょう」

教師「」ワナワナ


ストーカー「さて、中学生か。それなら逆にありえるのかもしれませんね」

ストーカー「なにせ僕がストーカーなのは周知の事実ですし」

ストーカー「少なくともこの学校に僕を好いている人はいません」

ストーカー「ストーカーを好きになる人なんて……女さんぐらいなものでしょう」

ストーカー「僕を好いてくれた子がどんな子なのか気になりますが、かといって女さんへの想いが変わるわけでもないし」

ストーカー「まあ、いいか」

と思っていたのに、教室に入ったら状況がとんでもないことになっていた。

『ストーカーを想う謎の女子!? チョコをプレゼントしたのは誰だ!?』

黒板にでかでかと書かれた文字に明確な悪意が見受けられる。

チョコを取り出すところを見られていたのだろう。

はあ、面倒臭い。


僕は虐められっ子じゃない。
でも、嫌われている。ストーカーだから当たり前だ。

虐める切欠があれば虐める、という程度なのだろう。
これは彼らにとって無自覚の悪意だ。

要は、お祭りなのだ。

生徒「あいつチョコ……」ボソボソ
生徒「まじで? ありえな……」ジロジロ

気にせずに自分の席に就く。
黒板に書かれた記事に教師は突っ込むだろうけど、虐めとは思わないんだろうな。

そういうものだ。
保身が一番。

教師はただの人間なのだから、それが正しい。
受け入れがたいことだけど。

「」スタスタスタスタ

と思っていたのに、予想は裏切られた。

記事を消す一人の人物。

クラス委員長だ。


委員長「……」キョロキョロ

真面目な委員長には許せなかったのか。
辺りを見回して、特になにかを言うわけでもなく。

委員長「……はあ」

溜息を吐いて席に戻る。

生徒「え? もしかして委員長って……」ボソボソ
生徒「バレンタインにカップル成立……」ボソボソ

委員長、なにを考えているのだろう。
こんなことしても誰も喜ばないのに。

委員長が好奇の視線にさらされるだけなのに。

委員長「」ガタッ スタスタスタ

委員長は無言で近づいてきて。

委員長「」ガシッ スタスタスタ

ストーカー「え? え?」ズルズルズル

僕を引きずって教室を出た。
途端にクラスメイトの黄色い声。
喧騒は増えに増えて、鬱陶しい。


階段を登り、屋上前の踊り場。
鍵がかかっていて屋上には出れない。

委員長「……」ジィー

委員長「……はあ」

僕がなにをしたって言うのか。失礼な人だ。

というのも本心だけど、僕はコミュ障だから同時に。

ストーカー(え? え? ぼ、僕にななななんの用????)

委員長「あの、さ」

ストーカー「ひゃいっ」

委員長「……はあ。情けなくないの? 君」

ストーカー「……」

情けない、なんて。
今に始まったことじゃない。

女さんにフられて、ストーキングして。
僕以上に情けない男なんてそういない。


委員長「私は、さ。ああいうの、嫌いなんだよね」

ストーカー「……」

委員長「ああいう、虐め。虐めだよ、あれ。わかってる?」

悪意なき、虐め。
けれど虐められる方はいつだって。
だったかな。

委員長「どうしてなにも言わないの? 冷静ぶってさ、それが格好いいとでも思ってるの?」

ストーカー「……」

委員長「君がどういう人かなんて、そりゃ噂でいっぱい耳にしてるけど、だからって虐められていいってわけじゃないでしょ」

委員長「捕まってもいいとは思うけど、被害者が被害届出してないみたいだし」

ずんと胸の内が締めつけられた。
解っていても、解りたくない。

女さんは被害者で、僕は加害者なんだ。
ストーカーっていうのは犯罪だ。

委員長「……それでいいの?」

ストーカー「……」


なにもかも見透かしたような視線に苛立った。
苛立ったけど口ごもる。

言葉は喉の奥よりもずっと下で足踏みしている。

委員長「……はあ」

委員長の溜息は鈍器だ。
ハンマーで頭をぶち抜かれるかのようだ。

委員長「……なんでこんな奴が学年トップだったの?」

それは切実な話なのか。
僕にはあまり関係がない。

女さんのストーカーを始めて成績はぐっと落ち込んだ。
当たり前だ、勉強に割く時間がない。

委員長は確か、十位以内だったと思う。
何度か話したこともある。

その時の僕はここまで酷くなかった。
ここまで口の閉じた奴じゃなかった。

委員長「……情けない」

堪忍袋というものがあるなら、頭に線があるなら。
ぷつんと切れた。


ストーカー「君になにがわかるって言うんですか?」

委員長「あれ? 話せたんだ」

ストーカー「君になにがわかるって言うんですか!?」

委員長「なんだ、てっきり話せない病気なのかと」

ストーカー「答えてください!」

委員長「なにも、わからない。当たり前でしょ? ろくに会話してないんだから」

ストーカー「だったら僕に構わないでください!」

委員長「」ブツ

委員長「女々しい女々しい、あー女々しい! それでも男!? 格好悪いにもほどがある」

ストーカー「放っておいてくれればいいでhそう! どうせ君には関係ない!」

委員長「大有りよ!」


水掛け論が続くと思った。
僕は怒って、彼女も怒ったら歯止めが利かない。

そこに冷静な対話なんてありえない。
会話のレベルでいうならとても低い。

なにをまくし立てられるのかと思いきや、
委員長はとんでもないことを口にした。

委員長「私の初恋を返してよ!」

ストーカー「………………………………え?」

委員長「あ……っ//」

ストーカー「………………………………は?」

委員長「ち……違う! 今のなし! 死ね!」

凄く理不尽に呪われた。

委員長「あう……ううっ//」

ちょっと可愛い。
女さんの方が数万倍可愛いけど。


人によってコミュ障の理由は違う。
例えば女さんなら、人を傷つけることが恐いから話せない、だ。

例えば僕なら、人から嫌われることが恐くて話せない、だ。

だから、改めて好意を持っていることを示されると。
ふっと心が軽くなる。

ストーカー「あの」

委員長「なに!?」ポロポロ

ストーカー「……僕、ストーカーなんですけど。なんで僕?」

委員長「別にっ、始めっからストーカーだったわけじゃないでしょ!?」

生まれついてのストーカー……やばい、なんか格好いい。

委員長「中学の頃から勉強に自信があったけど、高校にきたら井の中の蛙だったんだって知った。けど、君はその中でも一番で――って! なに言わせるのよ!」

ストーカー「努力してましたから」

委員長「私だって!」

ストーカー「きっと君より努力してましたよ、僕は」


あの頃の僕は気持ち悪かった。
今の僕もストーカーという称号を得て大概気持ち悪いけど。

あの頃の僕はガリ勉が引くほど勉強していた。
勉強しすぎで医者に勉強を止められた。

明らかにオーバーワークだった。
休んだ方が効率がいいことは知っていた。

それでも勉強しなければならなかった。
ただそれだけが、僕の価値だったから。

委員長「……もう、勉強しないの?」

打って変わって委員長はしおらしくなる。
ちょっと可愛い。
女さんの方が数千倍可愛いけど。

ストーカー「勉強が嫌いになったわけじゃないよ」

ただ、勉強以外の価値があると知ったから。


~~~~~
まだ僕がストーカーじゃなかった頃。
春の終わり。
散る間際の桜木の下。

『呼び出してしまってすみません』

女『なにかしら』

『あ、あの、僕……』

産まれて初めての恋。
理由は忘れた。というか、理由なんてなんとでもつけられる。
恋ってそんなものらしい。

産まれて初めての告白。
緊張しないわけがなかった。

『僕、貴方のことが――好きですっ』

『付き合ってください!』

女『嫌』

たった一文字で世界が崩壊した。


『ど、どうして?』

女『嫌なことに理由なんてないわ。強いてあげるなら、一人が好きなのよ、私』

『で、でも、あの』

『僕、これでも、その、学年で一番勉強ができてですね』

やめろ。

『だから、一番凄くてですね』

やめてくれ。

『だから、だから――』

女『悪いけれど、自分の特技をひけらかしすような人は死ねばいいのに、なんて思ってしまうくらいには嫌いなの。貴方、私の半径五m以内に近づかないでちょうだい』クルッ

女『それに、勉強だけがこの世の全てじゃないでしょうに』スタスタスタ

勉強だけがこの世の全てじゃ、ない?


じゃあ僕はなんだって言うんだ。
勉強しか取り柄のない僕は。

無意味?
僕がしてきたことは。

『う……ううっ……』

僕の初恋は痛烈に散った。
そして――強い憎しみを抱いた。

『そこまで言うなら』

『見せてみろよ!』

翌日から僕はストーカーになった。


結局、女さんは勉強以外の価値を持っていた。
沢山のものを持っていた。

知れば知るほどに憧れた。
どんどん好きになっていく自分がいた。

途中から不気味な男が一人増えた。
教室の中で堂々と告白するような馬鹿だった。

しかし女さんの壁を溶かすにはそれくらいの熱が必要だったみたいだ。
そして男くんは僕のいい友達になった。

僕は二人から勉強以外の価値を知った。

~~~~~

ストーカー「だから僕は勉強をする必要をなくしたんです」

委員長「……いや、それ関係ないよ」

ストーカー「……ん?」

委員長「学年一位だったから気になった、っていうのは勿論あるけど、そんな理由で君のこと好きになったんじゃないし」

ストーカー「……え?」

委員長「勉強で関連付けするなら、勉強に対する姿勢にはそりゃ見惚れたけどさ……それ以外のいいとこ、私はいっぱい知ってるし」

照れ隠しなのか委員長は目を伏せる。
ちょっと可愛い。
女さんの方が数百倍可愛いけど。


委員長「例えば、君はマメだよね」

ストーカー「マメ? そうですか?」

委員長「うん。今はそうじゃなくなったけど、前の君はこまめな気配りができてたよ。無意識だったのかな。私よりもよっぽど委員長にお似合いだった」

ストーカー「へえ」

委員長「帰る前に教室の花に水やりしたり、学校帰りに捨て猫見つけたら色々と対処したりしてたでしょ。あ、それは今でもしてるっけ」

ストーカー「してる、けど……なんで知ってるんですか?」

委員長「な、なんだっていいでしょ!?」

ストーカー「いいのかな。なにか凄く大きなことを見逃してる気がするのですけど……」


委員長「例えば、君はなんだかんだで努力家だよね」

ストーカー「勉強に関してはそうですね」

委員長「勉強だけじゃない。女さんをストーキングする姿勢も努力の賜物だよ。あんな朝早くに起きたり、こっそり盗聴器仕掛けたり、並大抵の気持ちじゃできないよ。それに、ネットゲームでもそうだよね。勉強をやめてから始めたみたいだけど、攻略方やアイテムの下準備とか、いつも万全だよね」

ストーカー「ちょ、ちょっと待った! 流石に看過できません。ど、どうして知ってるんですか?」

委員長「なんだっていいでしょ!?」

ストーカー「よくないですよ!?」

委員長「ストーカーが君一人だなんて思わないでよねっ!」

開いた口が塞がらない。

この学校には僕という粘着ストーカーがいて。
ポジティブ過ぎる近距離ストーカーがいて。
ストーカーをストーキングするストーカーがいたのだ。

そんな馬鹿な。


委員長「だいたい君、朝起きるのが早すぎるのよ! 私の肌がぼろぼろになるでしょ!?」

ストーカー「本気で僕に関係ないですよね」

委員長「だって君を朝一番に誰よりも早く見たいじゃない!」

ストーカー「その気持ちは共感できますけど」

委員長「休みの日も基本的に外出するから勉強する時間もないし! お陰で成績落ちたわよ!」

ストーカー「ですよね」

委員長「だから、だからっ――あんな、情けないままで、いないでよお」


うっ。
ちょっと可愛い。
でも女さんの方が数十倍可愛い。

……。


委員長「ねえ、どうすれば前みたいに戻ってくれるの? 私、もうそろそろ疲れたよ」

ストーカー「戻るもなにも、ですね……困ったな」

委員長「あの女が問題なの? だったら私がなんとかするからっ」

ストーカー「なにかしでかしそうなので本気でやめてください。仮にも僕の好きな人ですよ?」

委員長「私じゃ……あの女の代わりにならないの?」ウルッ

涙目で上目遣いは反則だよお、なんて男くんの声が聞こえる。
激しく同意しますよ男くん。反則です。

でも女さんの方が数倍可愛い。

ストーカー「どう足掻いても代わりにはなれません。それはあの人が特殊だからとか、特別だからとかではなくて、委員長は委員長だからです」

委員長「慰めの言葉なんていらない!」

感情の起伏がジェットコースターだ、この人は。


委員長「じゃあこうしよう?」

委員長「次のテスト、私が君に勝ったらストーカーをやめて勉強すること!」

ストーカー「……僕が勝ったら?」

委員長「今の君に負けるなんて考えられないけど、君が負けたら――なんでもいうこと聞いて……あげるよ」ボソッ

ストーカー「」ボフッ

男くんと語り合ったことがある。
異性に言われたい台詞ベスト10。
"なんでも言うこと聞いてあげる"は、第四位にランクインされている。

因みに一位は"お腹空いたぁ、なんか作ってよぉ(女さん限定)"。

でも結局女さんの方が……。

わかった。認めよう。そろそろ無理がある。

ストーカー「わかりました、受けましょう、その勝負」

委員長「ほ、ほんと!? やったあ!」


ストーカー「でも、負けませんよ。本気で勉強しますから」

委員長「私だって本気で勉強するし」

ストーカー「なんでも言うこと聞いてあげる、という確約を後悔させてあげます」

委員長「ち、因みになにを言うつもりなの……?」

ストーカー「なにをされても、文句言えませんよね?」

委員長「~~っ」ゾクゾク

ストーカー「どうかしました?」

委員長「な、なんでもない! 死ね! ド変態!」

ストーカー「また理不尽に呪われてしまいました」


バレンタインデー。
その日、僕はストーカーから普通の男子生徒に戻った。

女さんへの恋心が簡単に冷めたわけではない。
未練ったらしい想いは今も胸中で渦巻いている。

ただ、それでも。
僕は自分以上に自分を知っていてくれる人を無下にできなかった。

目移りしたというのも事実だけど。

ともあれ。
翌月の学年末テストにて、僕は再び学年一位へと返り咲く。
さて、委員長になにをお願いしようか。





fin.