男(休日に一人で街を散策……寂しすぎるぞ、俺)

女「アンケートにご協力いただけますか?」

男「いや、時間ないんで」

男(大嘘だ。暇で暇で仕方ない)

女「貴方は現状に満足していますか?」

男(宗教のお誘いか? ついてねー)スタスタ

女「もしも貴方が出口に辿りつけたなら莫大な富を与えましょう」

ピタッ

男(……止まるなよ、俺)
女「一度お話だけでも聞いてみませんか? そこの喫茶店でゆっくりと」スタスタ

男(壺売られるー詐欺られるー)スタスタ

女「お茶代は私がお出ししますよ?」スタスタ

男(一回止まったせいかしつこいな)

女「お茶だけと言わずご飯もデザートも頼んでいいですよ?」

グゥ

女「なんなら先払いで2000円お渡ししましょう」

ピタッ

男「話だけですよ」

男(話聞くだけで2000円貰えるならありがたい、暇だしな)


□喫茶店

女「お約束の2000円です」スッ

男「ども」

男(うおおおほんとに貰えた! なに食べよっかなー……あ)

男「長話は勘弁してください、お金貰っておいてなんですが」

女「大丈夫です、十分もかかりませんから」

男(分給200円ってか、美味しすぎる! んじゃ、警戒しよう。催眠術とかいきなり仕掛けてこないよな?)ソワソワ

女「それでは貴方に質問します」

男「はあ」

女「ゆっくりと遠ざかる出口に辿りつくことは可能ですか?」

男「……は?」

女「ですので、ゆっくりと遠ざかる出口に辿りつくことは可能ですか?」

男「……えっと」

男(え、余裕だろ?)


男(いや待てよ。わざわざご飯代を出してまで質問してるんだから、追いつけない裏とかあったりするんじゃないか?)

男「ゆっくり、ってのは、具体的にはどれぐらいの速度なんですか?」

男(まずはゆっくりを定義しないとな。人間のゆっくりは遅いけど、光のゆっくりは少なくとも人間に追いつける速さじゃない……我ながら妙な例えだ)

女「貴方がゆっくり歩く程度の速度です。時速1キロにも満たないんじゃないですかね」

男「いやいやいや、それなら余裕でしょう」

男(なにを言い出すんだこの人は)

女「言い切れますか?」

男「言い切れますよ」

女「本当に?」

男「ほん……とに」

男(なんでこの人こんなに疑ってるんだ不安になってきたぞ)

女「なるほど」カキカキ

店員「お待たせ致しましたー、ホットコーヒーです」カチャ カチャ

男「ども」


女「では先程の質問に戻ります」

女「出口に辿りつけたなら莫大な富を与えましょう。貴方は挑戦しますか?」

男「……莫大な富って具体的になんですか? 人によって富の価値って変わると思うんですけど」

女「勿論、貴方が望む富を与えます。金銭にしろ、異性にしろ、職にしろ、夢にしろ」

男「失礼ですが貴方に用意できるとは思えませんし、それを信じる人は世の中にいないでしょう」

女「では貴方は莫大な富を逃すことになりますが、よろしいですね?」

男「も……」

男(いや待て、仮に本当だとしたら? 少なくとも百万ぐらいならぽんっと手に入れられるとしたら?)

男(ありえないはずだけど、人生に一度はありえないことがやってくるとしたら? 俺が知らないだけでこの人達は巨大な組織だとしたら?)

男「……今日中に終わるんですか?」

女「辿りつけるのなら、一時間もかかりません」

男「……どこでやるんですか?」

女「この喫茶店を出たらスタートです」

男「……」

男「……やります」




女「では発信機と表示機械を渡します。いま、赤い点は重なっていますね?」

男「はい」

女「それが貴方と私の距離です。私はこれからゆっくりと移動するので私を捕まえてください。つまり私が出口ということです」

男「俺はいつ始めたらいいんですか?」

女「料理を食べ終わってからでどうでしょう」

男「解りました」

女「では私は行きますので」

カランカラン

男「……なにやってんだ俺は」

店員「お待たせ致しました、カルボラーナです」コトン

男「ども」

店員「ところでお客様、そのカルボラーナは本当にカルボラーナですか?」

男(なんか言い始めたぞ!?)


店員「そのパスタをカルボラーナだとお客様は説明できますか?」

男「た、食べてみるんでちょっと待ってください」

店員「食べずともお客様にはそれがカルボラーナだと解るはずです」

男「んな無茶な」

店員「無茶? つまり、お客様は、そのパスタがどんな味でどんな食べ物であるかも知らずに――得体の知れない物を口に運ぼうとしたのですか?」

男「それは……」

男(言われてみればそうなのか。無意識にカルボラーナだと知っているのか)

男「でもそれは、カルボラーナを注文してお店側がカルボラーナを作ってくれたと信用しているからです」

店員「ありがとうございます。しかし、私達のカルボラーナとお客様のカルボラーナは果たして共通の認識なのでしょうか?」

男「ち……違うんですか?」

店員「解りません。なにせ私はお客様と語り合ったことがないので」


店員「ではお客様、カルボラーナがどういった料理かご存知ですか? どんな調味料を使っているか、等」

男「確か……卵と生クリームと黒胡椒、でしたっけ。あとチーズ?」

店員「そうですね、それらで作り合わせたソースをかけることが第一です。ではこのパスタはいかがですか?」

男「食べてないから解りませんが、匂いや色から察するにそのソースがかかっています、ね」

店員「改めて伺いますお客様、このパスタはカルボラーナですか?」

男「……カルボラーナです」

店員「」ニコッ

店員「冷めない内に当店自慢のカルボラーナをお召し上がりください」

男(……なんだったんだ?)


店員「世の中には――」

男(まだ続くんか)モグモグ

店員「謎を謎のまま受け入れられない人種がいます。彼らは大袈裟でなく別個の生命体と呼べるでしょう……謎を謎のままに受け入れられないということは、現代社会において苦痛でしかありませんから」

男「はあ」

店員「お客様は謎を謎のままに受け入れる側、ですね?」

男(……さっきのカルボラーナにしてもそうだけど、そうなんだろうな)

店員「レンジの仕組みを知らなくても使う、風邪に効くからと成分の理解できない薬を飲む、誰がどんな手段でどんな手順で作ったか解らない料理を食べる……彼らはそれが理解できないようです」

男「でもそれって突き詰めたら死んじゃいませんか? 自分で料理を作ろうにも使う具材の成分も把握してないとダメなんでしょう? なんなら火の化学式も知っていないと」

店員「ですので、彼らは年々数を減らしています」

男(胡散臭い話だな)


店員「当店のカルボラーナはいかがでしたか?」

男「美味かったです」

店員「それはよかった。では、お気を付けて」

男「……知ってるんですか? 俺が今からなにをするのか」

店員「ええ、まあ」

男「気をつけた方がいいんですか?」

店員「そうですね」

男(とんでもないこと約束しちゃったのか……?)

店員「お客様、これだけは忘れないでください。世の中には謎を謎のまま受け入れられない、証明しなければ前に進めない人間がいるということを」

男「はあ」

店員「ありがとうございました」ペコリ


ワイワイ ガヤガヤ

男「妙な店員さんだったな。さて、追いかけるか」ピッ

男「発信機を見る限りだと西に向かってるな。そう離れてないみたいだし、走ってさっさと終わらせよう」

男「ってもこの人ごみじゃ駆け足が限度か。恥ずかしいし」

タッタッタッタッタ タッタッタッタッタ タッタッタッタッタ タッタッタッタッタ

□三十分後

男「……」ゼハァ ゼハァ

男「まだ追いつけないのか?」ピッ

男「距離は縮まってる……いや、俺が遅いだけか。休憩がてら普通に歩こう」

幼女「おにーちゃんおにーちゃんっ」グイグイ

男「ん?」

幼女「おにーちゃんっていま、ふしあわせ?」


〈永遠の不幸〉

男(なにが起こっているのか解らない。誰だってそうだろう、幼女にいきなり「ふしあわせ?」と聞かれたら)

幼女「ねぇねぇ、ふしあわせ?」グイグイ

男(しかし幼女は手を離さない。適当に答えてあしらうか、急いでるし)

男「そうだな、幸せだよ」ナデナデ

幼女「さわらないできたないよぉ」ベシッ

ガーン

幼女「どうしてしあわせなの?」グイグイ

男「どうしてってそりゃ……幸せだと感じているからだよ」

幼女「かんじたらしあわせなの?」

男(犯罪的な字面だな)

男「そうだ」

幼女「んんー、でもおにーちゃん、わたしにはわからないよぉ」

男「まだ難しかったかな」

幼女「そうじゃなくてぇ――仮に巨大な不幸を抱えていたとするでしょぉ?」

男(雰囲気が……変わった!?)


幼女「巨大な不幸、単位として10だったとするよねぇ? そこから一つの不幸が減ったとして、9の不幸が残ってぇ、でもそれってまだふしあわせだよねぇ?」

男「そ、そうだな」

幼女「10の不幸から1の不幸を取り除いてもまだ不幸……それが真実であるなら、10の不幸から10の不幸を取り除いても、或いは――10の不幸から20の不幸を取り除きマイナス10の不幸になったとしても、ふしあわせなんじゃないかなぁ?」

男「で、でもそれは不幸に限った話だろ? 幸福とは関係が――」

幼女「大有りだよおにーちゃん。だって、不幸と幸福は相対的な象徴なんだから。不幸を感じれるから幸福を感じれるし、幸福を感じなきゃ不幸を不幸と知らないままだよぉ。よって、ここではマイナス10の不幸とプラス10の幸福は等しいとしよぉ?」

男(さっきまでの幼女はどこいったんだ!?)

幼女「ということはおにーちゃん。おにーちゃんがどれだけしあわせだとしても、ふしあわせなんじゃないかなぁ?」

男「……そ……それは、違うよ」

幼女「えぇ、どうしてぇ?」


男「前提条件が整っていないからだよ」

幼女「そうかなぁ? 10の不幸から1を取り除いても不幸は不幸だよぉ?」

男「じゃあ聞くけど、ここに人差し指があるよね」スッ

幼女「細くて長くて逞しい人差し指があるよぉ」

男「この人差し指が付け根から取れちゃいましたー」

幼女「ふぇぇ、人差し指チョッパンだよぉ」

男「さて問題です。この場所はまだ人差し指かな?」

幼女「取れちゃったから人差し指はもうないよぉ?」

男「そういうことだよ、幼女ちゃん」

幼女「ふぇぇ?」


男「人差し指と不幸の問題は同一の物だ。でも、人差し指が無くなったことは理解できたね。それは、人差し指が人差し指たる前提条件が確立していたからなんだ」

幼女「んんー、不幸は不幸として前提条件が確立してないってことぉ?」

男「明確に定義されている物体でもないから、そうだね」ナデナデ

男(しまった!)

幼女「……ふわぁ、おにーちゃんのて、きもちぃぃよぉ」トローン

男「……ふう」ホッ

男「納得できたかな?」

幼女「うんっ。だからおにーちゃんはしあわせなんだねっ」

男「まあ、そうかな」

男「本当にしあわせかどうかと言えば、そうでもないけど」

幼女「ふぇぇ?」

男「なんでもない。じゃあね」タッタッタ

幼女「おにーちゃーん! またあそぼうねぇー!」


タッタッタ タッタッタ

男「最近の幼女は賢いんだな。ゆとり教育はどこいったんだ?」

男「幼女と別れてから15分……まだ追いつけない?」

男「馬鹿な!」

男「発信機を見る限りズルはしてないみたいだし……まあ、この発信機が正しく表示されているという前提条件が成立していれば、だけど」

男「って……なんかさっきの話が残っちゃったな」

タッタッタ タッタッタ

黒娘「ふっふっふ――あんたァ、止まってみえるぜ!」

男(厨二病にでくわした)


〈進まない男〉


男「ごめん、急いでるから」

黒娘「待たないと漆黒の太陽がその身を焼くぜ?」

男「漆黒の太陽でも不可視の月でもなんでもいいけど行くから」

黒娘「不可視の月――どうしてその業名を!?」

男(……めんどくさい)

男「とにかくさよなら」

黒娘「ふっふっふ――だからあんたァ、止まって、視えるぜ?」

男「」ググッ

男「はあ!?」

男「渾身の力で引き止めておいてなにを言ってるんだ!?」

黒娘「止まって……んぬぬっ……視えるのぉっ」グググッ

男「……よし、話を聞こう。どうせなにかあるんだろ?」

黒娘「さもありなん!」

男(軸のふらついた厨二病だなあ)


男「普通に進んでいたわけだけど、俺のどこが止まってるって?」

黒娘「止まってるったら止まって視えるぜ! あんたが一歩進むとするだろ? その時間を区切って区切って区切って区切って――究極的に区切っていくと、最初の地点から動けなくなるんだぜ!」

男「んな馬鹿な」

黒娘「馬鹿げていてもそうなんだぜ! 瞬間をどこまでも区切っていくとアンタは身動きが取れなくなる!」

男「でも僅かながら動いているだろ?」

黒娘「その僅かすら区切っていくんだぜ! どこまでも区切るってことは距離を短くしていくってことであり、どこまでも短くなるということは"止まる"ってことなんだぜ! よって――あんたァ止まって視えるぜ!」

男「論理が飛躍してる……けど、まあ、そうか」

黒娘「だから……ふぬっ……動くなぁっ!」ググッ

男「でも、それは大きな矛盾を孕んでいる」

黒娘「……え?」


男「矛盾を孕むってことはどういうことか解るか?」

黒娘「問題が成立してないから答えも正しくない、ってこと?」

男「そうだな。そしてその問題の矛盾を説明しよう」

黒娘「うぬ」

男「時間をどこまでも区切ると距離は短くなり、いつかは止まる。故に瞬間と瞬間で距離が進んでいないから、俺は進むことができない――それでいいか?」

黒娘「そうだぜ!」

男「さて、既に矛盾している」

黒娘「なにィ!?」

男「時間をどこまでも区切ると距離は短くなるだろうしいつかは止まるかもしれない。けど、その最小の瞬間と瞬間で距離が進んでいないからって、時が止まったわけじゃない。この問題は、"時間は進むもの"と捉えながらにして"時間は連続しない"という矛盾を孕んでいる。だろ?」

黒娘「あ、あう……」

男「だから問題は成立しないし、答えも正しくない。納得できた?」

黒娘「ま、まだだ!」


黒娘「仮にそうだとしても、瞬間と瞬間で距離が止まるというのは事実! 瞬間と瞬間で距離が止まるなら距離は永遠に進まないはずだ!」

男「瞬間と瞬間の連続で捉えるならな。でもそれこそがおかしい。瞬間を連続で捉えられるなら100個先の瞬間も見定めなければならない。1の瞬間と1万後の瞬間を比べた時、明らかに進んでいるはずだ。仮に1.1の瞬間=1万後の瞬間だとしても、時は有限とはいえ人間にしてみれば無限に続くものだから、いつかは動く」

黒娘「時を区切った時に論理は破綻していたのか……」

男「その時点ではまだ破綻してないぞ。時を区切って、尚且つ時を囲ったから破綻したんだ。時を区切るという行為が時の無限性を示してるのに、有限の囲いの中でしか物事を捉えないってのは……多分、黒娘ちゃんにとっても嫌なんじゃないか?」

黒娘「もちろんだ! 我はそういった箱庭が世界という考え方が嫌だから……だから……みんなに嫌われても、こんな風にしてるんだもん……っ」グスッ

男「でも、ほどほどにな」

黒娘「なぜだ?」グスッ

男「大抵は将来後悔するからだ」

黒娘「我は後悔なぞせぬ!」

男「そっか、んじゃ、頑張ってな」タッタッタ

黒娘「あ……う……ありがと」ボソッ


男「どういうことだ、今日に限ってやけに絡まれる」タッタッタ

男「相変わらずあの人には追いつけないし……」タッタッタ

男「食ったばっかだってのに腹減ってきたな」タッタッタ

縦女「おーっほっほっほ! 腹を空かせた愚民がいるようねっ」

男(濃ゆいなあ……縦巻髪ロールなんて初めて見た……)

縦女「わたくしの問いに答えなさい! 答えたら豪華な食事を用意してさしあげるわ!」

男(今日はこんなんばっかだ)

縦女「わたくしはかの有名な会社の一人娘。このまま行けば地位を継ぎ、富豪となれるに違いないわ! 容姿端麗、文武両道、完璧超人とはわたくしのこと!」

男(キン肉マンキャラでいいんだ)

縦女「わたくしは――神ね! そうでしょう?」

男「……それ質問!?」



〈神様は現実逃避がお好き〉




男(これは厨二病ってより……電波受信しちゃってる系か?)

男「急いでるから、それじゃ」

縦女「構えーっ!」

ズララララララ

男(黒服に囲まれた!? そして皆ポケットに手を入れてあたかも銃を持っているかのように見せかけている)

男(……シュールだ)

縦女「二度同じ言葉を吐く趣味はないわ……答えなさい! 私は神ね! そうでしょう?」

男(二度吐いちゃってるし)

男「えっと……神ってことは、全知全能なの?」

縦女「わたくしはまだ神の力を思い出していないのよ」

男「だから質問してるわけか、なるほど」

縦女「愚民の割には話が早くて助かるわ。万人に昇格してあげる」

男(どう答えることが正解なんだろう)


男(まあいいや。さっさと終わらせよう)

男「君は神だ、間違いない」

縦女「そう……貴方もそう言うのね」

男(あれ? 間違えた?)

縦女「失望したわ」

男(期待された節もないんだが)

縦女「そうやってみんなみんなみなみなみなみな! わたくしを神だと崇めるなら――足を舐めればいいじゃない!」

男「謎だ……ん?」


『世の中には謎を謎のまま受け入れられない、証明しなければ前に進めない人間がいるということを』


男(この人もなにかの謎を受け入れられずにいる……のか?)

縦女「さあ! 舐めなさい!」

男「いや……ちょっと待った」


男「君は自分のことを神だと思っている。その理由は、容姿端麗で文武両道、所謂天才肌でありながらにして財力も未来も約束されているから、だな?」

縦女「そうよ! こんなお約束なハッピー、神でなければ受けられないわ!」

男「きっと今までの人生で数々の障害があったのだろうけど、それもちょっとした努力で乗り越えられた。だから神だ、って?」

縦女「見てきたかのように言うわね」

男「その高飛車な性格見てりゃ誰でも想像つくって」

縦女「そう……わたくしはどんな困難も障害も、立ちはだかる壁さえもいつの間にか取り払っていたわ。だから神なの。だからなにもかもが上手くいくの。それがわたくしの人生なのよ」

男「おおよその予想は着くけど……ともあれ、俺は君が神かどうか――判断できない。これがさっきの質問の答えだ」

縦女「ふんっ、逃げ口上じゃない」

男「いや、本音だ。判断できない。だって俺は神様に会ったことがないから。会ったことのない、知る由もない存在とどうやって比べたらいいんだ?」

縦女「知らないから比べられない? それこそが愚民の象徴だわ!」

男「いや、きっとそれこそが人間の真価だ」


男「どんな天才にしたって、知らないものは比べられないと思う。そりゃ俺は天才と話したことがないけど、高名な数学者にしたって、天才発明家にしたって、"知らないから知ろうとした"結果に違いないんだ」

縦女「そっ、そうかしら?」

男「でないと技術も知識も進歩しないだろ? それが好奇心なのかプライドなのかは知らないけど、"無知"は原動力であって"恥"じゃない。だから、俺は会ったこともない神様と君を比べることなんて、できない」

縦女「……でも、でもっ、だったらどうして誰もわたくしのお友達になってくれないのよ!」ポロポロ

男(電波に走った原因はこれか)

男「それは……憶測に過ぎないけど、周りの彼らに聞いてみるといい。きっと彼らなら知ってる」

縦女「」ギロッ 黒服隊「」オロオロ

男「君の容姿は確かに恵まれているけど、文武両道はそんなに甘いもんじゃない。現に君は好成績を学校の中で取れているだけで、全国区になると結果が出ないようになってたりするんじゃないか?」

縦女「どうしてそれを?」

男「自分が神だとのたまう可哀想な子供にどんな命令も遂行するボディーガードをわんさかつけるような、過保護過ぎる両親がしそうなことを言っただけだ」

縦女「それではわたくしの成績は全て……」

男「全てが全てとは言わないけどな」

縦女「うう……うええええんっ」ボロボロボロ

ザザザザッ

男(ほんとに拳銃だった!?)


男「あばばばば~、泣き止まないとグロい光景が始まるぞ~」

縦女「らって、らってええええっ」ボロボロボロ

カチャ カチャ カチャ カチャ

男(絶体絶命!?)

縦女「――嬉しいんだもおおおおんっ」ボロボロボロ

男「……は?」

スッ スッ スッ スッ

縦女「みんな、わたくしが社長令嬢だからって腫れ物みたいに扱って、お友達になってくれないし、きっと、それはわたくしが特別だからって思ったの」グスッ

男「だから神か」

縦女「神様の気持ちなんて誰も解らないもの! 神様はそれでもみんなを愛するもの! だから、だから……っ」

男(こういう役回りは俺以外にいいのがいるだろうに)


男「友達が欲しいか?」

縦女「ほしいわっ! 一緒に遊んだり、したいわよ!」

男「じゃあ神であることを止めるんだな」

縦女「できるものなら……っ」

男「簡単だ。ちょっと視線を落とせばいいんだ。髪もまっすぐにして、言葉遣いも直して、考え方も隠して。そしたら友達なんてすぐにできる」

縦女「でも、それって、わたくしなの?」

男「"それも"君だろうな。そして"神である君も"君だろうな。人生なんてそんなもんだぞ」

男「自分の素を見せられる友達なんて一人いればいいんじゃないか?」

縦女「でもわたくしにはそんな友達……」

男(……あー、恥ずかしい。言ったらさっさと逃げよう)

男「俺がいるだろ?」

縦女「……っ」キュンッ


男「じゃあそういうわけで! あ、豪華な食事は今度でいいから!」

縦女「ま、待って! 貴方――貴方様のお名前を教えてください!」

男「男だ! んじゃ!」ビュオン

縦女「男……様。ふふ……わたくしを唯一知る殿方……//」

■□■□■

男「全速力でダッシュは辛すぎる」ゼハァゼハァ

男「にしても臭い。臭すぎて気持ち悪い。吐きそう」

男「とか言ってられないな。これだけ走っても追いつけないんだから」

男「……追いつけない」

男「……追いつけるはずなのに追いつけない」

男「………………」

男「これも、謎か?」


男「あの人はなんつってたっけ……『ゆっくり離れる出口に追いつけますか?』だよな?」

男「追いつけないはずがない。だけど現に俺は追いつけていない……謎」

男「常識で考えれば追いつけるはずなのに! ……常識で考えちゃダメなのか?」

占婆「悩みごとかえ? お若いの」

男(……無視だ)

占婆「隠しても無駄だえ。わたしにゃよぉわかるんでな」

男(断固無視だ。だって……胡散臭いにもほどがある!)

男(水晶とカードと魔女っぽいローブと杖って、もはやコスプレだろ!)

占婆「ふぇっふぇっふぇ……ちょいとババアと戯れないかえ?」

占婆「お主もきっとそれが望みじゃて……ふぇっふぇっふぇ」

男(胡散臭い! のに、なんか凄みがあるなこの婆さん)

男「占いしてる暇はないんです」

占婆「わたしゃ占屋じゃのうて、ただの嘘吐きじゃて」

男「」ジィー [占い一回三千円!]

占婆「ふぇっふぇっふぇ」


〈嘘吐きババアの嘘の嘘〉



男「確かに占い師は嘘吐きですよね」

占婆「そりゃいくらなんでも偏見じゃぞお若いの。どちらかといえば占い師は正直者じゃろ」

男「そうですかね?」

占婆「ありふれた現実を言い当てるからこその占い師じゃて、ふぇっふぇっふぇ」

男「で、それも嘘ですか?」

占婆「どうじゃろな……しかしのう、わたしゃこれまで嘘しか言ったことがないんじゃて」

男「それも嘘で……あれ?」

占婆「ふぇっふぇっふぇ」

男「え? え?」

占婆「解らんことは頭ん中に留めん方がええぞ、木っ端じゃて」


男「え、えっと……嘘吐きのお婆さんが嘘しか言わないと明言しました」

占婆「ほうじゃの」

男「でもそれこそが嘘でなければおかしい」

占婆「なぜな?」

男「でないと真実を言ってることになります。嘘吐きが"嘘しか言わない"と真実を言ったら嘘吐きじゃなくなる。けど……嘘吐きが"嘘しか言わない"と嘘を言ったら"嘘を言わない"ことになってしまいます」

占婆「じゃのう。つまり?」

男「えっと……つまり……貴方は嘘吐きじゃないです」

占婆「ふぇっふぇっふぇ――不合格じゃの」

男「ダメですか?」

占婆「嘘吐きかどうかなんて関係ないじゃろ。"嘘しか言わない"、たった八文字で完成された矛盾なのじゃからな」

男「ってことは……」

占婆「論理が破綻している、じゃろ?」

男「……解ってて言ったんですか?」

占婆「当たり前じゃ。ふぇっふぇっふぇ」


占婆「それでも時の流れと共に哲学も進化したもんでの、矛盾を解明する方法が産まれとる」

男「矛盾を解明、ですか」

占婆「ややこしい話になるから詳しくは自分で調べておくれよ。しかしわたしゃにしてみれば、矛盾は解明するもんじゃないんよ」

男「はあ」

占婆「矛盾は受け入れるもんじゃ」

男(でもそれじゃあ謎を謎のままにできない人達は……)

占婆「奴らも受け入れるべきなんね」

男(……読まれた?)

占婆「謎をそのままにできないなんざ、子供の戯言じゃて」

占婆「そんなことをしとったらそのうちにおろくになっちまう」

占婆「時は流れるんじゃ……わたしゃらも流れなならんでの」

男「……なるほど、それも嘘ですか」

占婆「ふぇっふぇっふぇ」


占婆「ところでお若いの、なんか悩んどりゃせんかえ?」

男「……そうですね。悩んでます」

占婆「3000円で力になってやってもええがの」

男「いえ、十分ですよ。もう悩みは解決しましたから」

占婆「ありゃ、やってもうた。客を逃してしもうたわ」

男「"それも"もう充分ですよ」

占婆「ふぇっふぇっふぇ……お主、勘が鋭いのう」

男「いや、もっと早く気づくべきでした。ヒントを五つも貰ったんですから」


男「達者な言葉を扱う幼女ちゃんには"前提条件"を」

男「どっぷり厨二病な黒娘ちゃんには"矛盾"を」

男「お話の世界にしかいないような縦女さんには"疑惑"を」

男「そして、心を読む嘘吐きなお婆さんには"嘘"を」

男「全員に共通しているのは非常識な個性。まあ、黒娘ちゃんはいそうですけど。厨二病の子って派手さの割には他人に対しては内気なんですよね」

男「よって――この世界は現実じゃない」

占婆「ふぇっふぇっふぇ」

占婆「ふぇっふっふ」

「ふふふっ」

景色にクモの巣状の亀裂が入る。
割れたガラスのように一斉に砕けて、
俺は喫茶店の椅子に座っていた。

女「お見事です」


〈辿りついた富の証明〉


女「折角なので詳細な説明をお願いしてもよろしいですか?」

男「お婆ちゃんが――いや、貴方が言ったように、勘であることに違いはないんですけどね。立証なんて不可能でしょうし」

男「まず前提条件。俺がいるその場所が現実だという前提条件が成立している筈だった――けど、それは思い込みにしか過ぎない。俺は現実を現実と認識する手段を持たないわけだから、現実と証明できない。よって"今いる世界が現実である"という前提条件が崩れ去った」

男「そして矛盾。追いつくはずの人に追いつけない。抱えていた最大の矛盾。だけどどう考えてもそれはありえないことだ。もちろん、フェアプレイであるという仮定の元だけど」

男「次に疑惑。それも矛先を指定した疑い。神であると自称する裏には世界との違和感を示す心がある。自分だけが特別なんじゃないか? 或いは自分だけがズレているんじゃないか……その極致が縦女さんの悩みでした」

男「最後に嘘。もしかしたら最終ヒントだったのかもしれないんですけどね。現実への疑いを示した後に嘘を表すってのは、答えを裏付けする理由にもなる。まあ、一番の理由は「こんな濃ゆい奴らいないだろ」ですけどね」

女「最終ヒントはその次ですよ。キーワードは"無自覚"でした」

男「因みにその人はどんな言葉で出現するんですか?」

女「『我想う、故に我あり!』と連呼する予定でした」

男「やっぱり濃ゆいですね……」


女「しかし現実が虚と見るよりは私達が組織めいて動いていると考えた方が現実的だったんじゃないですか?」

男「それは黒娘ちゃんの時から考えていましたよ。今日に限ってやたらと人に話しかけられる。しかもその内容が全て共通しているんですから」

女「では敢えて現実が嘘と選んだのですか?」

男「そうですね。もう一つの違和感もありましたし」

女「もう一つの違和感?」

男「店員さん、幼女ちゃん、黒娘ちゃん、縦女さん、お婆さん。みんな個性的で似通った部分なんてないんですが、印象がどうにも貴方と被って見えましたから。貴方と話した時間は十分にも満たないけど、貴方は貴方で強烈な人だから」

女「私もまだまだですね」

男「全員が同一人物であるはずがない、なんて。それは現実を現実と証明できて始めて成立する定義なんですから」


男「で、俺が見ていたのはなんだったんですか? 夢?」

女「夢というよりは流行りのVR?」

男「電子世界に精神ダイヴ!?」

女「精神世界に電子ダイヴかもしれませんよ?」

男「リスクが高まってるだけですよね!?」

女「ふふっ……楽しい一時をありがとうございました」

男「いえいえ、こちらこそ」

女「では締めと参りましょう」


女「ゆっくりと遠ざかる出口に貴方は辿りつくことができますか?」


男「……」

男「……」

男「……」

男「――できます」


女「断言しましたね」

男「ここは譲れません」

女「では証明して下さい」

男「その前に、問題を提示してください。俺が考えている通りで合っているのかも解りませんし」

女「多分、合っていますけどね。では提示します」

女「出口はゆっくりと――この"ゆっくり"を貴方が一歩進む距離の半歩分としましょう。出口はゆっくりと遠ざかります。そして、貴方は出口を追いかけます。出口がA地点を通過しました。貴方はA地点に到達しました。この時、貴方と出口の距離は縮まっています。出口はB地点を通過しました。貴方はB地点に到達しました。やはり貴方と出口の距離は縮まっています。しかし――だからこそ、辿りつくことはできません。なぜならば"貴方が出口に辿りつくためには、出口が通過した地点に到達しなければならない"からです。貴方が進みに進み、E地点に到達した時、やはり出口は進んだ位置に存在しています。よって、貴方が出口に辿りつくことは永遠に叶いません」

男「つまり」

男「俺が到着する地点を出口はいつも通過しているはずだから、辿りつけない。それでいいですね?」

女「……なぜ言い直したのですか?」

男「……はて?」

男「さておき、辿りつくことができると証明します」


男「この問題は黒娘ちゃんが是とした問題とよく似ていますね」

女「それも含めてのヒントでしたから」

男「なるほど。では証明します。俺は黒娘ちゃんに"無限の時間を有限で囲っているから問題が矛盾している"と指摘しました。ですが、今回の問題はその逆とも言えます」

男「"無限の法則を連続しても無限ではない。だから距離はいつか0になる"が、俺の答えです」

女「……ふふっ」

男「ど、どこかおかしかったですか?」

女「おかしくないですよ。私はただ嬉しいだけです」

男「嬉しい?」


女「最初はなにも考えずに辿りつけると言っていた人が。差し出されたカルボラーナに疑念を持たなかった人が――疑い謎を持ち知ろうとして考えて――自分の答えを導きだしたんです。私はとても嬉しい」

男「カルボラーナは今後も疑念なく注文しますけどね」

女「それが賢いと思います。対照的に私達は愚かなのかもしれませんね」

女「疑う必要のないことを疑い穿った見方で首を捻り斜めから答えを読み漁り……これ以上なく愚かです」

男「……そんなことはないと思いますよ」

女「そうですか?」

男「必ずそうならなければならない、なんてことは思いませんけど、でも、真実に疑惑を抱く人達は必要です。真実に疑惑を抱くからこそ、夜に灯が点されて、世界が電子で繋がって、いつか、光より速い物質を見つけるんだと思います」

男「無知が原動力だ、なんて言いましたけど言葉足らずでしたね。無知と疑惑が原因で、その過程に欲求があって、結果に進歩が伴う、んじゃないですか?」

女「因果関係ですか」

男「そうそう」


男「さっきの答えはあれでよかったんですかね?」

女「私は好きですよ」

男「……?」

女「完全証明とするなら
S=1+(1/2)+(1/4)+(1/8)+(1/16)+....
とします。これを貴方の速度である2倍をして
2S=2+1+(1/2)+(1/4)+(1/8)+(1/16)+....
下式-上式より
S=2
ですね」

男「……数学は……苦手です」

女「私もあまり好きじゃありません」

女「多くの矛盾は数式で倫理的に解説することが可能です。けれどそれではあまりにも味気ないじゃないですか」

女「うんと頭捻って振り絞った言葉で誰よりも自分を納得させる。そこに私は意義を感じます」

女「数式の否定とまでは言いませんけどね」

男「えっと……パフェ頼んでもいいですか?」

女「ふふっ」


店員「チョコレートパフェでございます」

男「ど、ども」ビクッ

男(これは本当にチョコパフェですか? とか聞かれたらどうしようかと)

女「約束通り貴方が出口に辿りついたので莫大な富を与えましょう。なにを望みますか?」

男「あー、そういえば……忘れてました」

女「意外に大雑把なんですね。あんな理屈的な論理を立てておいて」

男「地はそうなんですよ。それで、望み……か」

女「なんでもよろしいですよ。一生遊んで暮らせる金でも異性でも地位でも」

男「そのバックボーンが気になる所ですが……よし、決めました」

女「なんでしょう」

男「俺と結婚してくれませんか?」

女「……」ポカーン

男「そんな顔するんですね」

女「忘れてください」


女「理屈立ててお願いします」

男「それはちょっと難しいですね。こういうの理屈じゃありませんし。でも、いきなり結婚は突飛だったと自分でも思います」

女「ですよねでしょうね落ち着きましょう?」

男「お互い様です。結婚はさておき。貴方が気になるんです。これは本音です」

女「はあ。そそれは性的にですか?」

男「ぶふぉっ! せ、性的に興味がないと言えば嘘になりますが、頷き辛い問い方ですねそれ」

女「すみません。こういうことは不慣れでして」

男「貴方の考え方や、貴方が興味を持つ対象や、貴方の私生活もですし、全てが魅力的です。だから気になる、んですかねえ?」

女「知りませんよ」

男「理屈立ててみたものの釈然としません。やっぱり単純にこれは、好意を持ってるんでしょうね」

女「更衣」ドキドキ

男「あれ? ちゃんと伝わってます?」

女「校医ではありませんよ!」

男「それはそれで……」ジュルッ

女「あう」


男「ですので俺の望みは、貴方と今後も関係を続けること。で、どうでしょう?」

女「ちょっと待ってください」スー ハー スー ハー

女「(`・ω・´)」シャキンッ

男(!?)

女「よろしいんですか?」

男(深呼吸だけで心を入れ替えたのか……プロだ)

女「本当によろしいんですか? 願いの変更は叶いませんが」

男「望むところです」

女「ふう。解りました。では責任を持って私が貴方の望みを叶えましょう」

男「宜しくお願いします」

女「宜しくお願いします」


女「……ところで」

男「はい?」

女「世の中は様々な疑問で満ち溢れています」

男「でしょうねえ」

女「中には一人で証明できない証明するに足る問題を成立させられない疑問もあります」

男「ふむふむ」

女「証明を手伝ってくださりますか?」

男「もちろん」

女「では早速始めましょうか」

女「問題は――"愛の本質"」

男「!?」

女「証明を終えるまで音をあげることは許しませんよ?」

女「なにせこの問題は一生を賭しても解けないかもしれないのですから」

女「覚悟してくださいね?」

男「は、はい!」

女「ふふっ」






fin

〈永遠の不幸〉~幼女ちゃん~
『砂山のパラドックス』

〈進まない男〉~黒娘ちゃん~
『飛んでいる矢は止まっている』ゼノンのパラドックスより

〈神様は現実逃避がお好き〉~縦女さん~
『シミュレーテッドリアリティ』某箱の安心な方的なアレ

〈嘘吐きババアの嘘の嘘〉~占婆~
『自己言及のパラドックス』嘘吐き村の住人にどんな質問をすればよいのか、とは別物。あれはクイズだし。

〈辿りついた富の証明〉~女さん~
『アキレウスとカメのパラドックス』ゼノンのパラドックスより