男「状況を整理してみよう」

男「俺は昨晩、日課の牛乳をたらふく飲んで寝た。十二時頃だった筈だ」

男「そして目が覚めたら身体が動かない……訳が解らねえな」

男「薬でも打たれてんのか? 全く力が入らねえ」

男「おーい、誰かいんのかー?」

男「……妙に反響しやがる。狭い空間、ってことか?」

「だ、誰かいるんですか?」
男「おお、いるぞ! 声の感じからして、あんまし遠くはないみたいだな」

「よかったぁ、私以外にも人がいたんですねぇ……あの、ここどこでしょう?」

男「あんたにも解らねえのか? っくそ、ほんとにどうなっちまってんだ……」

「あ、あの……もしかして、男さん、ですか?」

男「俺のことを知ってんのか? あんた、誰だ?」

「男さんの家の上の階に住んでいる女です」

男「あー、はいはい。女さんね。久しぶり。引越してきて挨拶した時以来かな?」

女「は、はい。お久しぶりです」


男「若いのにしっかりしてるよな、女さん。まだ大学生だろ?」

女「大学生です。引越しの挨拶は母に口を酸っぱくして言われていたので……特にアパートでは下の階の人に気を配りなさいって」

男「ナイスなお母さんだ。アパートは作りが荒いから響くんだよな」

女「いつもすみません……」

男「あっ、大丈夫大丈夫。女さんは静かに生活してくれてるのか、煩いと思ったことないから」

女「よかった」ホッ


女「男さんは社会人でしたよね?」

男「ってもフリーターだからなあ。一般的な社会人とは違うんだろうけど」

女「あ、あの……おいくつなんですか?」

男「俺は十九歳だよ。来月に二十歳だけどな」

女「えっ……同い年、なんですか」

男「えっ……年下じゃなかったの?」

女「私も今年で二十歳です、というより、先月二十歳になりました」

男「俺より早生まれ? うわ、ごめんごめん。大学生っていうからてっきり新入生だとばかり……あ、いや、なんでもない」

女「クスクス……気にしなくてもいいですよ。確かに新入生です。一年浪人してますけどね」

男「そっか、タメだったのか」

女「みたいですね」

男「あ、タメなんだし口調楽にしなよ。こんな状況だし、な」

女「じゃあ遠慮なく。ありがと、そうさせてもらうね。
  それにしてもここ、ほんとにどこなんだろう」

男「んー……俺と女さんが同時にってのがなあ。共通点なんて、同じアパートってだけだよな?」

女「そうだよねぇ。そもそも、全く身動きが取れない状況って、どんな状況があるんだろう」

男「あ、女さんも身動き取れないんだ」

女「うん、全然動かない。動く意思が伝わらないって感じかなぁ?」

男「俺とおんなじか……いよいよろくな考えが浮かばねえや」

女「……だねぇ」


男「まあ大丈夫だ! なんとかなる!」

女「根拠は……なさそうだね」クスクス

男「ねえけどなんとかなる! って思ってなきゃどうしようもないからな」

女「それもそうだ」

男「あ、でも一個だけ良い状況があるぞ?」

女「どんなの?」

男「俺か女さんが見ている夢って状況」

女「なるほど。それならもしかしたら、同じ夢を見てるかもしれないね」

男「同じ夢? そんなことあんのか?」

女「噂で聞いただけだけどねぇ」

男「でも夢独特のあの雰囲気はしないんだよなあ」

女「んー……私は少しするかな、夢独特の感じ」

男「おっ、じゃあ女さんの夢かもな」

女「だったらいいなぁ」


男「……」

女「……」

男「……折角だからなんか話すか」

女「そうだね。気が紛れるかもしれないし」

男「んー。女さんは大学卒業したらどうするんだ?」

女「普通に就職して普通に結婚できればいいかなぁ」

男「夢はお嫁さんになることです、って感じだなあ」

女「そういう言われ方すると凄く馬鹿にされているような気がするよ」

男「そんなつもりじゃねえよ。旦那選びも大変だし、その為には家事スキル高めなきゃなんねえし、立派だと思うぜ」

女「結婚に夢みる年じゃないけどさぁ……」


女「男さんは……なにか目標とかってあるの?」

男「ないこともないんだけど、口に出すのはちっと恥ずかしいな」

女「相手にだけ言わせておいて自分は黙秘って男が廃るんじゃないかなぁ」

男「うっ……どうして知り合ったばっかなのに俺の弱点を的確に突ける。
  んー、あー、ったく。はっきり言わねえのも男らしくねえな。
  俺は億万長者になりてえんだ」

女「……そっか」

男「悲しそうな目をしただろ! 顔見えねえけど絶対哀れんだろ!」

女「とととてもすてっきな夢だと思うよよ」

男「吃りが高じて棒みてえな夢と揶揄できちまってんぞ!?」


男「話題を変えよう」

女「そっとしておく優しさを持とう」

男「実はな、女さん。朗報だ」

女「うん、なんだろう?」

男「右手が動くようになった」

女「おおっ、それはいい兆候な気がするね!」

男「とりあえず現状把握に努めてるんだが……なんか、固いな」

女「固い? 固いってなにが?」

男「解らん。固いなにかに囲まれてるみてえだ。か……棺桶?」

女「ちょっ、やめてよぉ」ボロボロ

男「すまんすまん。俺と女さんの空間が繋がってるからそれはないと思う。
  どこなんだろうなあ、ここは」ガラガラ

男「うおっ……なんか、崩れ、た?」


男「んー……」ガラガラ ガサゴソ

女「掘り進んでる、のかな?」

男「せっせとなにかをどかして右手を進めてる。
  おっ、なんか柔らかいもん発見」プニプニ

女「あ……あの……」

男「ん?」プニプニ スベスベ

女「そ、それ、私の……手、なんだけど//」ゴニョゴニョ

男「……すまんっ!
  体は動かないのに感覚はあるのか?」

女「そうみたい……どうなってるんだろう、ほんと」


男「目覚める前はなにかしてたか?」

女「なにもしてないよ。もう夜遅かったし、眠ってただけ」

男「俺と同じか……」

女「あっ、でもなにか……なにか大きな音を聞いた気がする」

男「……音?」

女「うん。その音で少しだけ目が覚めたような……ダメだ、思い出せない」

男「大きな音……そんな音……あっ、鳴ってたかもしれない」

女「ほんと?」

男「ああ。音とはっきりは解らなかったが、うるさくて軽く目が覚めた覚えがあるぞ。
  あの音は……唸り声、だったような。地鳴りのような唸り声」

女「私が聞いたのもそんな音だよ! 唸り声かは解らないけど、震えるような凄く低い音」


男「凄く低い音、か……それが原因で今に至るとしたら、どんな理由なんだろうな」

女「ううん……おっきな怪物が現れて食べられちゃったとか?」

男「なるほど、つまり俺達は残留思念ってやつか。ファンタジーだな」

女「でもそんなこと言いだしたらなんでもありになっちゃうから、もう少し現実的に考えてみよう」

男「現実的、なあ……」

女「うん……」

男「……」

女「……あっ」

男「なにか思いついたのか?」

女「いや、でも、これは……」

男「いいから言ってみろって。文殊の知恵も集まらなきゃ出ないだろ?」

女「う、うん……じゃあ、言うね」


女「もしかしたらおっきな地震でも起きたのかもしれない」

男「地震? ああ、震えるような低い音も、唸り声みたいってのも、地震なら納得だ。
  こっちは寝てるから尚更判別できないだろうしな」

女「うん、それでね? このアパートってそこまで地震対策されてないはずなんだ」

男「家賃三万八千円だからな。リフォームはしてたはずだが築二十年だったか」

女「だから、アパートが倒壊して……」

男「生き埋め、か……俺がさっき触っていた固いのは瓦礫で」

女「私達の体が動かないのは強い衝撃を受けた影響で一時的に麻痺してる、とか?」

男「確かにそれなら二階に住んでる女さんと俺が同じ状況にいるってのも繋がるな。
  でもそれならその内救助も来るだろうし、大丈夫だろう」

女「だといいんだけど……いくらアパートが古いからって倒壊はしないはずなんだよ。
  それに、このアパートだけが倒壊しなたらとっくに救助は行われているはず」

男「つまり、この辺一帯……下手したら地域一帯に地震の被害があるってことか」

女「た、ただの……妄想、だよね、こんなの」

男「……」ガサゴソ ガラガラ

男「……話の筋が通り過ぎてるな。疑いようのないくらいには」


女「や、やだよぉ……まだ死にたくないよぉ」ポロポロ

男「大丈夫だ! まだ決まったわけじゃないし、なにより救助だってくる!」

女「でも、もしもおっきな被害だとしたら、都心部が優先されたりしないかなぁ?
  ここは住宅街だし都心からは離れてるし、救助も時間がかかるんじゃ……」ポロポロ

男「女ちゃん! 大丈夫! 絶対に大丈夫だ!」

女「……どうして?」

男「人は飲まず食わずで三日は生きられるらしいし、日本は地震大国だから救助の質もいい!」

女「……ほんと?」

男「本当だ!」

男(なんとなくの情報だけど、今だけは当たっててくれよ……。
  本気で生き埋めなんだとしたら、長丁場もありえる。
  そういう時によく聞くのは、肉体の衰弱よりも精神の衰弱が問題なはずだ)


男「よし、それじゃあこれからは俺がたまに救援を求めることにする」

女「う、うん! 私も頑張る!」

男「いや、女ちゃんは叫ばなくていい。俺だけでいいんだ」

女「どうして? 私も頑張れるよ!」

男「俺は運動が好きだから学校卒業してからもジョギングは欠かしてないし、なによりも男だ。総合的な体力が違う」

女「でも……」

男「男は肉体労働と相場が決まってるからいいんだよ。女ちゃんは俺の心が挫けないように支えて欲しい」

女「……解った! 一生懸命男さんを支えるね!」

男「よし、んじゃあ。おおおおおおおい! 助けてくれえええええ!」


女「救助、来ないね……」

男「簡単には来ないだろう。でも、いつかは来る!」

女「男さん……どうしてそんなに希望を捨てずにいられるの?」

男「……単純な話だ。死にたくないってだけの」

女「……そう、そうだよね」

男「頑張ろうぜ!」


~~~~~~~~~

女「あれからどれくらい時間が経ったのかな……?」

男「二時間……三時間か? 真っ暗なせいか体感時間が狂ってるみたいだ」

女「いつまでたっても目が馴れないのはどうしてなんだろう」

男「光がほんの少しもないと見えるもんも見えない、とか? どうなんだろうな」

女「男さんはあれから手以外動くようになった?」

男「ダメだな、動く気配もない。女さんは?」

女「どこも動かないよ……ずっとこのままだったらどうしよう……」ヒグッ グスッ

男「ったく、女ちゃんは悲観的だなあ。大丈夫だって。それに万が一のことがあったら俺が旅行に連れ回してやるよ」


女「旅行?」

男「日本全国、どころか。外国だってどこだって連れてってやる。これもなにかの縁だしな」

女「ただし億万長者になったら、だよね」

男「待っててくれよー!」

女「……くすっ。へんなの。こんな状況なのに笑ってるなんて」

男「こんな状況だからこそ笑おうぜ。悪魔にしろ死神にしろ不幸にしろ、あいつら幸福ってのが嫌いなんだろ? 笑ってりゃとりあえずマシになる」

女「そっか。うん、きっとそうだよ!」

男「そしてあいつらは希望を持つ奴も嫌いなはずだ。だからよ、女ちゃん。
  希望を持つ俺をしっかり支えてくれよな!」

女「頑張って! 男さん!」

男「うっしゃあああああああああ! おおおおおおおおい! 誰かああああああああああ!」



~~~~~~~~~

男(現実は残酷だ、とかどこの誰が言いやがった)

男(畜生……畜生っ! あれからどれだけ経った?)

男(五時間? 十時間? 一日は経ってないはずなんだが……)

女「男さん、大丈夫?」

男(くそ……ほんとに来るのかよ……助けが……)

女「男さん? 男さん!」

男「――っ。ああ、すまん。ちょっと寝そうだった」

女「それって凄くまずいんじゃ……大丈夫なの?」

男「違う違う。そうじゃなくて、ほら、途中で起こされたわけだろ? 眠くってよぉ」

女「す、凄いね男さん……こんな状況で眠気が来るなんて」

男「はっはっは! 将来億万長者になる男だからな! やるときゃやるぜ!」

男(馬鹿野郎! 俺が希望を見失っちまってどうすんだよ!)

男(なにがどうなろうと……女ちゃんは助け出す! 絶対に!)


~~~~~~~~~

男「おおおおおい……誰かああああああああ……」

男(……やべえ。どうなってんだ? 俺、こんなに脆かったっけ? 声が……)

女「男、さん……」

女「……聞いて、ほしい、ことが……あるんだぁ」

男(女ちゃんの体力も限界だ。俺も意識が……)

男「なんだ? どうした?」

女「あの、私、ね……今まで一度も……恋人って、できたこと、ないの……」

男「そりゃまた、結婚に遠い話だな」

女「はっ……ははっ……酷いなぁ……男さん」

男(はやく……誰か! 女ちゃんを!)


女「それで、ね……男さん……」

女「私の……彼氏、に……なって……くれない……かな?」

男「そりゃ随分と急な話だな。なんにせよ断る理由もねえしな。よし、付き合おう」

女「ほん、と……? やったぁ……嬉しい、なぁ……」

男「でも俺でいいのかよ。好きな奴とかいんじゃねえの?」

女「うん……男さんが……いい、んだぁ……」

男「そっか……。なら尚更こっから出なきゃな」

女「うん……」


男「実は俺も女ちゃんが初めての彼女だったりするんだぞ」

女「そう、なんだぁ……意外、だね」

男「そうか? 今まで告白してきた子には『君っていい人なんだけどね』で瞬殺だ」

女「ははっ……馬鹿だなぁ……いい人が、一番、素敵なのに……」

男「女ちゃん……」

男「元気になったらデート行こう! 恋人達がやりそうなありがちなデート、全部だ!」

女「うん……」


男「水族館、映画館、遊園地、動物園、植物園……けっこういっぱいあるよな」

女「うん……あるね……」

男「他にも、えっと、そうだな……観光地とか巡るのも楽しそうだ」

女「楽し、そう……くすくす」

男「デートと言えばレストランだ! ドレスコード付きの高いとこな!」

女「うん……」

男「お洒落な服装キメてよ、なるべく静かに楽しもうな。うるさくすると色々バレちまうから」

女「う……ん……」


男「そしたらー、そうだ。夜は夜景が綺麗なホテルに泊まろう」

男「スイートルーム、ってのはいくらぐらいすんのか知らねえけど、億万長者なら泊まれるだろ!」

男「ってか億万長者になれなくてもやろうな! 一日で二三十万ぐらい使うんだろうけど、俺は構わんぞ」

男「なあ! だからよ! 女ちゃん!」

男「……」

男「生きて……」

男「……ここからでよう」

女「……」

女「……」



…………  ………… ………… …… …………。
………… …… ………… …… ……。
…………  ………… ………… …… …………。
………… …… ………… …… ……。
…………  ………… ………… …… …………。
………… …… ………… …… ……。
…………  ………… ………… …… …………。
………… …… ………… …… ……。




男「うあああああああああああああああああああ!」

男「誰かあああああああああああ! 誰かあああああああああああああ!」

男「助けてくれ! 誰でもいいから! 早く! 誰かああああああ!」

男「どうでもいいから! 俺なんてどうでもいいから! 彼女を! 女ちゃんを!」

男「おおおおおおおおおおおおおおおい!」

男「誰かあああああああああああああああああああああ!」

男「女、ちゃんっ、をぉ…………っ」


男「うああああああああああああああああああああああああああああ!」

――――――――――
――――――――
――――――
――――
――

「おい! 聞こえたか今の!」

「おお! 生存者だ!」



男「おんな……ちゃん……」

男「助かる、ぞ……」


――
――――
――――――
――――――――
――――――――――

男「っ……ここは……痛っ」

おばん「君! 大丈夫? あたしの声が聞こえるかい!?」

男「……だれ?」

おばん「あたしはボランティアで医療介護しているものだよ。ほら、水だ。飲みな」

男「ありがと」ゴクッ ゴクッ

男「……あっ、女ちゃん! 女ちゃんは!? ぐっ」

おばん「ダメだよ動いちゃ。酷い怪我なんだから……」

男「なあおばちゃん! 俺が運ばれた時、一緒に女の子が運ばれなかったか? 大学生ぐらいの子!」

おばん「すまないけど私には解らないよ。ほら、この人の多さだろう? 私は治療の終わった人達の介護人だから……」

男「じゃ、じゃあ! 俺を助けてくれた人は!?」

おばん「それなら多分……」


おばん「こ、こらっ、動いちゃダメだよ! 傷口が!」

男「ごめん、ありがとうおばちゃん」

男「でも俺、女ちゃんの言わなきゃいけないことがいっぱいあるんだよ!」

おばん「……杖、持って行きな」

男「おばちゃん……」

おばん「止めても行くなら仕方ないね。できるだけ体を動かさないこと。だから落ち着いてゆっくり歩きな。これで傷が悪くなっても女ちゃんは絶対に喜ばない。だろう?」

男「……うん、そうだな。ありがとう、おばちゃん」

男(そう、言わなきゃならんことが山ほどあるんだっ)ズリッ ズリッ


男(この辺りか、救助隊員が休憩してるのは……)

男「あのっ! すみません!」

眼鏡「なんだお前。酷い怪我じゃないか。休んでないと」

男「俺を助けてくれた人はどこに、どこにいますか!」

眼鏡「君を? おおい、みんな! この子を救助したのが誰か知ってるか?」

ザワザワ ワイワイ

隊員「おお、君か。俺だよ、君を救助したのは」

男「あっ、ありがとうございます!」

隊員「礼なんかいらんさ。君が元気になってくれればそれでな」

男「それで、聞きたいことがあるんですが」


男「俺を助けた時に女の子がいたでしょう? その子、その子はどこにいますか!?」

隊員「あ……ん? 女の子?」

男「いたでしょう! 教えてくれよ!」

隊員「まさか……あの子か? なあ、君はその子とどんな関係なんだ?」

男「恋人だ! あの子が……女ちゃんがいなけりゃ、俺はとっくに死んでた! とっくに諦めてた! 彼女がいたから……」

隊員「そう、か……わかった。付いてくるといい。肩を貸そう」

男「ありがとう、ござい、ますっ」


ズリッ ズリッ ズリッ

ズリッ ズリッ
  ズリッ


隊員「……君を助けだした時には……もう……」

男「……」

男「……」ペタン

男(……女ちゃん?)

男(この、顔に白い布かけてんのが……?)

男「……嘘だ」

ズリッ

男「だって……だって……約束しただろ! デート、行くって!」

ズリッ

男「なあ!」

ズリッ

隊員「見ちゃ駄目だ!」

男「女ちゃん!」

パラッ

男「おっ…………え……え?」

男「うっ……げえぇぇぇ……」



男「はあ……はあ……え、っと……隊員、さん?」

隊員「……なんだ」

男「この子……か、顔が……」

隊員「……彼女は瓦礫に頭を潰されて、即死だった」

男「いや、でも……え……?」

隊員「私達は君の声を聞いて救助に駆けつけたが、少なくともそれ以降、建物が崩れた様子はない」

男「それって……つまり……」

隊員「……建物が倒壊した時、彼女は死んでいるはずだ」

男「…………は?」


男「お……俺は! 彼女とずっと話してたんだ! 彼女が上の階の子で!」

男「将来! そう、将来の夢だって! お嫁さんになるって……っ! 言ってたんだよ!」

隊員「……そうか」

男「う、嘘だ! 嘘だって言ってくれよ! なあ、嘘だろ!? これ、嘘なんだよな! そうだ、この子は女ちゃんじゃない! そうだろ!?」

隊員「確かにこの子が君の探す子じゃない可能性はある。だがな」

隊員「君が救助された時、君が繋いでいたのは、その子の手だったんだ」


『おっ、なんか柔らかいもん発見』

『そ、それ、私の……手、なんだけど//』

『……すまんっ!
  体は動かないのに感覚はあるのか?』

『そうみたい……どうなってるんだろう、ほんと』


男「……あ」


男(女ちゃん……女ちゃんの、手……)ペタッ

男(固い、し……冷たい……)

男(俺が触った時は柔らかかった……)

男(俺は確かに女ちゃんと喋っていた)


男「女ちゃんは…………生きていた」

男「生きて……笑って……俺を、支えてくれた……」

男「どうして……そこまでして、俺を……?」


『……男さんが……いい、んだぁ……』


男「もしかして……ずっと前から……?」

隊員「……一つだけ、不思議だったことがある」


男「……?」

隊員「災害時、君のような状況に陥った場合、どんな屈強な人間でも、心が折れてしまう」

隊員「もちろん奇跡というものもあって、例外はあるわけだが……」

隊員「君が救助されたのは地震発生から三十八時間後」

男「!?」

隊員「なぜ三十八時間も経ってから救助の声がするのか、救助を呼ぶ気力があるのかと不思議だった」

隊員「君は……一人じゃなかったんだな」

男「……彼女が」

男「……女ちゃんが俺を、支えてくれました」

隊員「素敵な恋人さんだ」

男「~~っ」

男「ぐ……うぅ……っ……うぁ……」ポロポロ



~~~~~~~~~~

男「んんーっ……気持ちいいなあっ」

男「やっぱ観光は散歩に限るぜ」

スタスタスタ

男「海、川、山」

男「日本中歩き回ったけど、そろそろ覚悟も決まってきたし、やるか!」

男「世界横断の旅!」

男「ふんふーん」

スタスタスタ

男「ふんふふーん」

スタスタスタ


いつかどこかの素晴らしい土地で
彼女に会えるだなんて都合の良いことは起こらないだろう。

それでも足は前に進んだ。
それでも歩かずにはいられなかった。

約束だから。

豊かな国もあれば貧しい国もある。
楽しい国もあれば悲しい国もある。

綺麗な国もあれば汚い国もある。

色々な国を歩き回ったが
結局、俺はとある国で決行した。

そこは珊瑚礁の綺麗なウベア島と呼ばれる場所。
勿論、俗名が気に入っていることもあるわけだが。

男「女ちゃああああああああああああああああん!」

腹の奥から吐き出された声が満天の星空に溶けていく。

男「ありがとおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

全身全霊を込めて命の恩人に感謝を述べて。

男「好きだああああああああああああああああああ!」

ありったけの想いを息が続く限り叫んだ。
山ほどあった言いたいことを全て詰め込んで。


その日、俺は初めてできた恋人に告白した。

その日、初めての恋人に初めての別れを告げた。