憧れと恋は似ているような気がする。
 というよりも、恋の状態に憧れという意識が混ざっているのだろう。
 僕には憧れの人がいた。
 いつも一人で、いつも本を読んでいる。雰囲気があって、景色のようでもあった。孤独ではなく孤高な彼女。空気と混ざってしまっているかのように、誰も彼女を気に留めない。
 初めて彼女を見たのはただ単に、廊下で擦れ違っただけだった。
 それなのにどうしてだったか。僕は彼女を見て綺麗だと感じた。一人でどこかに向かっている彼女は胸を張って歩いていた。臆することも恥じることもないように、一本の道が廊下の壁を突き破って地平線まで伸びているかのように、それはとても美しい歩き方だった。
 次に見たのは教室だ。次の授業が移動教室だったため、僕が廊下を歩いて特別教室に向かっていると、彼女はクラスの窓側の席で本を読んでいた。 ブックカバーも付けていたし、遠目から見てもどんな内容の本なのか解らなかった。けれど、何者にも犯されない領域の中、まるで聖域の中で本を読む彼女の姿 は凛々しかった。
 擦れ違うだけで毎度の如く目を奪われて、全校集会の時などは彼女を探したりもしていた。これが恋ではなかったらなんなのかと聞かれれば、あれは憧れだったのかもしれない、というのが二十歳になった僕の感想だった。

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